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治療の現状です。

病気の概念です。

私の住む小川村には、中江藤樹という方がおられ、いつも私たちに正直で正しい人の道を生活することが一番大切であると教えてくださいます。私たちはその教えに従って暮らしているだけです」
すばらしい話です。
実は、この話と同様のことがつい2カ月ほど前、私に起こりました。
私のうっかり間違いですから本日残金を振私のところに来ているある女性から5000円頂くところを、500円としてしまいました。
すると翌日FAXが入りまして、ですが、当の本人は全く氣づきませんでした。
り込みます、とありました。
いたく感動したのは言うまでもありませんが、女性は「だって、当たり前のことですもん」とかえって驚かれます。なんという正直で純粋な魂と感激した私は、ある贈り物をさしあげたところ、後日、きれいな胡蝶蘭が届きました。そのこころを推し量ることは失礼に当たります。大和撫子のこころです。

もちろん事前に、彼女に中江藤樹の話をしたわけではありません私のところに来ている数名の方は一人二人ではありません、勧めたわけでもないのに率先して水行
水行
の日々の最中に60歳を超えていらっしゃるのに、マラソンで自己新記録を出しを行ない、ましたある男性はある男性は、ありがとうございますと唱えることを百万回満願し、神社参拝も千社を超えましただからどうしたということもないのですが、それぞれが自己に挑み、新たな発見をしています。
治療の現状です。

病気もぶり返すでしょう。

医師やソーシャルワーカーに相談。

このすさんだ社会にあって、日本人ここにありという氣概を感じさせてくれます。
まだまだ日本人は健在だ、と思う理由を解っていただけるかと思います。
精神論で全てが片付くわけではない、者のみわかることです。
根性論など時代錯誤だと批判·嘲笑·揶揄されそうですが、実践したそうしたこころをないがしろにした結果、現在の日本がどうなったか90歳の特別養護老人ホームの認知症患者に性的暴力をふるった事件など平成18年8月6日、中江藤樹が聞いたら、人ではないと言い捨てることでしょう。
この事件を聞いたとき、怒りで体が震えました。激動の日本、戦争という苦しい時代を経て生きてこられた方に、なんという事でしょう。お年寄りに対する尊厳など微塵もありません。毎日毎日、まさに人ではないと言い切れる事件ばかりが続発しています。
私が畏敬の念を抱いて止まない上杉鷹山公は、90歳以上の老人をしばしば城中に招き、料理。
金品を振る舞ったということです。
日本人よ、思い起こせ、と叫びたい心境です。
話を戻しますが、先の馬方の話を聞き、中江藤樹に弟子入りしたのが、かの熊沢蕃山です。優れた学者であり、聖賢であった中江藤樹は、徳の高さに達する法を、こう言っています。
「徳を持つことを望むなら、-善をすると一悪が去る。日々善をなせば、日々悪は去る。昼が長くなれば夜が短くなるように、善をつとめるならばすべての悪は消え去る」
そして、こころの病についてもこう語ります。
「それ人心の病は、満より大なるはなし」
この意味は、人のこころに宿る徳を失くしてしまうのは、満心という病氣が原因です。
そという驕り高ぶったこころがある限り、思いやりや温かい言行は出てきません。そして、失ってしまいます。中江藤樹は、まんしん慢心を敢えて満心と書いています。


検査によって腫瘍の有無を確認します。
検査によって腫瘍の有無を確認します。

ストレスになります。

ストレスがなく我こそが、私こおご最後には全てを私たちは知らず知らず驕り傲慢になります。
毎日反省しないといけないのでしょう。
そのためにも、ありがとう日記
や「祈本当にその通りで、りの日記」をつけて、病は、まずこころを清浄にすることから始めるのが正道だと教え諭しています。
熊本神風連の清浄な魂はやしおうえんことば神風連は林桜園を師として連なる敬神を第一義とする志士の集まりです。
林桜園の教えは、この詞尽きるでしょう。
「世の中はただ何ごともうちすてて神をいのるぞまことなりける」
林桜園時の明治政府は開国にあたり、急激な欧米化政策を敷きました。政府は欧米を真似、斥し、忠義孝行も捨て、個人の自由·権利を主張し、それを文明と称したのです。

柔道も剣道も野蛮と排しかし、自主独立外交を主義とする烈士たちは、開国を国是とする時勢に逆行しても一挙を起こし年、信念を貫き通したのです。これが世に言う神風連の変です。
明治9ですから、敬神とは討幕を目的とする反語ではなく、弱体化する国策を憂えての事でした。
神風連の変は、太田黒伴雄を首領とする170人が決起しました。
うけい一挙は宇氣比により行なわれましたが、武器とするのは日本古来の刀槍のみという彼らに元より勝算はなく、一日にして鎮圧され、世間からは暴挙と見なされました。
首領の太田黒伴雄以下、ほとんどは戦死、自刃するのです。
討死27名、自刃88名でした初めて神風連の志士たちが眠る熊本市の桜山神社を訪れたのは、約10年前のことです。
熊本市を訪れることも初めてで、土地に不慣れもあり、桜山神社を尋ねましたが、どなたも知りません。それではとバスの運転手に訊いたのですが、やはり分からず、大声で車内のお客さんたちに熊本弁で誰か知りませんかときいてくださり、その中のお一人が確かどこそこにあったはずと教えてくださり、ようやく判明したといういきさつがありました。

老化現象があらわれるということです。認知症になりやすい桜山神社に詣でると神社は荒れ果てており、りました。どなたも知らない所以です。
やはり国策に反した一挙である故なのだろう、と深い感慨がぁ神社の横に資料館があり、既に閉館時間を過ぎていたにもかかわらず、鎌倉から来た私のために開けてくださいました。その後、数回訪れましたがその度に綺麗になり、その事がそのまま日本人のこころの変遷ともとれる様で、嬉しい氣持ちになります。志士たちの一念は、この言葉に尽きるでしょう。
「起きていのり伏してぞ思ふ一筋は神ぞ知るらむわが国のため」
ろと太田黒伴雄「八百万神にぞいのる一筋は世にこそかかれ身をば忘れて」
やはるかた加屋霽堅神風連の志士たちの清冽な魂は、日々の暮らしにも明らかにされています。
鳥獣肉類、酒菓を断ち、太田黒氏に至っては神前にて7日間の断食を行い、祓おうとしていました皆、常に心身を浄らかにし、そ国にかかる邪氣を宇氣比によって、の後100日間の火の物を断ち、収蔵品図録。
神風連資料館¥事の是非はともあれ、ど微塵もありません。
なんと清しい魂ではありませんか。
清浄無垢な真心がそこにあります。

損得·利害な毎日の堕ちるに堕ちた事件を、ひと時払拭してくれる異彩を放つ神風連の変です。
ところで、宇氣比とは、日本最古の誓約祈祷で、実は神風連を知ったのは、宇氣比について調べていたごしんちょくことからでした。
いわゆる御神勅です。
宇氣比
とは神道の秘法とされ、神様にお伺いを立て、その答えによって行動をするというものです。
祈祷師によるもの、禊ぎの祓いや夢見など、たかは定かではありません。
いろいろな方法があったようですが、どのような方法で行なっ宇氣比では、現在の日本の堕落ぶりが見えていたのかもしれません。
国の愁いは、現実と化しました。

病気でも同じです。

明治元年から、たった130余年、憂「日本こそ明日の文明の座標軸」
日本はなんともすばらしい国でした。
なら未だ間に合います。でした、と過去形で書くのが実に口惜しいかぎりです。
しかし、今日本人に脈々と流れてきた遺伝子は、元に戻らないわけがありませんそうそう途切れるものではないし、DNAが少し穢れたからといって、日本は滅亡寸前ですが、地球も急激な環境汚染により、温暖化、砂漠化、オゾン層の破壊、公害で悲鳴を上げています。そして、ガン、エイズといった今までにない病で人類全体が滅亡しかかっています。西洋物質文明は、ここに来て先が見えません。それに代わるのは、世界でも特異な文明を築き、価値観を築いてきた日本人のこころが大きな鍵となるのではないでしょうか。それは、既にあった記憶を呼び戻すということでした。太古の昔から、黎明期から既にあった日本人のこころです。
それは揺らぐことなく、脈々と受け継がれてきました。古代に大陸からの文明を移入した際も、近代、アジアの諸国が植民地化したときも、日本は属することもなく幸いにも民族のこころは、伝えられてきました。
しかし、この大和こころが今、今こそ発動を求められています。
失われようとしています。
あなたの中に流れる大和の和のこころと真心は先のジェルマントマ氏は、日本人にこう断言しています。
そして、大尊敬する上杉鷹山公の言葉を皆様にお届けして、この本の最後を飾りたいと思います。

日本民族の勇氣、万邦安寧の礎たらんとする熱意、自然や神々との緊密な結びつきこそ、歴史の連続性、文化の奥深い独創性などからして、日本こそ、明日の文明の座標軸の一つとなってしかるべきではないでしょう11ジェルマントマ「成せばなる成さねばならぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」
上杉鷹山

-常識を信じていると危ない!

四十年間、私が死亡診断書を書かなかった理由胃腸内視鏡の専門医になって約四十年がたちましたが、じつをいうと私はまだ一度も死亡診断書を書いたことがありません。眼科や歯科など生死に直結しない疾病を扱う科の医師ならともかく、前ガン、または早期ガン状態である大腸ポリープの切除や大腸ガンなどのシリアスな疾病と日々向かい合っている医師にとって、れはまれなケースといえるかもしれません。
なぜ私が死亡診断書を書くことなく今日までこられたのかというと、るということに真剣に取り組んできたからだと思います。患者さんと二人三脚で健康に生き医師である私があえて断言しますが、じつは医師がどれほどがんばっても、治療だけでは本当の意味で患者さんを健康にすることはできません。
健康寿命で見る


認知症の知能
認知症の知能

うつになる可能性もあるのです。

手術や投薬よりも、日々の生活を改善することのほうが、根本的にはより重要なのです。
本書でこれから紹介する新谷食事健康法がガン再発率ゼロ%という臨床結果を報告できるのは、ガン患者の方たちが真剣にみずからの健康と向き合い、私を信頼し、日々実践を積み重ねてくださったおかげです。本書は、これまでの私と患者さんたちの取り組みの成果を、読者のみなさんと分かち合うためのものです。これからは、自分の健康に自分で責任をもたなければならない時代です。昔は、病気は医者と薬が治してくれるものだと考えられていました。患者は受け身の存在で、医者から出される薬を飲み、黙ってその指示に従っていればよかったのです。
しかし、これからの時代は、国民医療費が、国家予算と比べた場合、その半分近い規模にまで膨れ上がっている現状からしても、個人一人ひとりが「自分の健康は自分で守る」という意識をもち、積極的に健康維持に取り組むことが必要であることはいうまでもありません病気になりたくな人は誰でも、そう思いながら生きています。また現在、何らかの病気にかかっている人なら、早く病気を治したいと切に願っていることと思います。私はこの本を通じて、病気にならない生き方というものを提案しようと思っています。
ところが多くの人は、そんなことはしょせん無理だと考えているのではないでしょうか。でも、私は自信をもって、断言したいと思います。

「病気にならずに天寿をまっとうすることは可能である」
と。
もちろんそのためには、これまで続けてこられた食事や生活習慣を大いに改めてもらう必要があります。のようにいうとおよび腰になる人も多いと思いますが、心配は無用です。この本を読み終えるころには、おそらくあなた自身、その気になっていると、私は確信しています。よく病気になってから、「なぜ、こんな病気になってしまったのだろう」と嘆く人を見かけますが、神仏が課した試練でも罰でもありません。自分が積み重ねてきた日々の悪い習慣の結果なのです。病気は元気な百歳になる方法あなたは健康ですか^この問いに本当の意味でイエスと答えられる人は、じつはそれほど多くはいないでしょう。それはたんに病気ではないということだけでは健康とはいえないからです。東洋医学には未病という言葉があります。

ストレスからくる胃の痛みなど